まいにち!いいところ探ししようよ

日々の気が付いたことを綴ります。

福山雅治「零-ZERO-」に学ぶ:異なる価値観と正義の理解

きみんちょ

福山雅治さんの曲「零-ZERO-」をご存じですか?
この歌の一部を要約すると、「人の数かずだけ正義があり「完全なる正しさ」などゼロだ」と伝えている箇所があります。


私は、「誰かと誰か」「自分対誰か」が対立やトラブルが起こるとこの曲が頭を過ります。
そう、お互いの正義がぶつかっているなと・・。


今朝、理解できないと思った「正義」を少しだけ理解できた出来事がありました。


下の子の正義と夫の正義


先日、下の子が帰路途中に自転車がパンクしました。
自転車修理の保険に入っているため購入した店に電話で問い合わせたところ、日曜日にしか修理できないという。


幸い下の子の職場は徒歩でも行けるので急いで修理する必要はなく、土曜に修理に出そうという話になったのですが・・


お礼を言わない下の子に憤り

早く仕事が終えた夫が下の子の自転車を修理し始めました。
この時、仕事で疲れているのに「優しい一面があるじゃない」と感心したのですが、後から聞いた話ではどうも下の子からすればそれは余計なお世話だったらしい。


私の感覚では、仕事から帰って即修理をしてくれた行為に「ありがとう」って言うんだよと下の子に伝えました。
あ、下の子は発達障害の特性を持つのサポートのつもりで言いました。


しかし下の子はお礼をいいません。
私は理由があるのかと問いただしたところ、夫が近くをうろうろしているからかハッキリ理由をいいませんでした。


「これも特性からなの?それにしても修理してくれた行為に対し何も言わないってどうゆうこと?」と憤る気持ちが出ていました。


信用できないからだ

それでも何か下の子的には理由があるのかとそれ以上は言いませんでした。
夫が「パンク修理一応できたけど上手くきちんとできたか分からない。もしかしたら空気抜けるかも」と私に言いました。


そうなんです・・。
夫は不器用なところがあって結果汚い仕上がりになり、正直「ここは手を出さないで欲しかった・・」という場面は幾度かありました。(🙇)


今朝、夫が出勤したあと自転車をチェックしても空気は抜けておらず乗れる状態だったのでそのことを下の子に伝えると渋い顔をしています。
すると、
「本当は明日修理に出そうと思っていたのに俺に何も言わず勝手に修理した。扱い方も雑だから信用できない」と。


「買ったばかりの自分の自転車だからこそプロに治して欲しかった」という根底が下の子にはあり、不器用な父には手を出してほしくなかった模様。


案の定、パンクは修理できたとて、ベルの位置がずれていてさらに傷もついていたと・・。


「だからやってほしくなかったんだよ」とブツブツ言いながら出勤していました。


通勤に困るだろう

夫は親切心で自転車を修理しました。
それは誰が見てもそう感じるところでしょう。私も帰宅早々着手する姿に関心しましたし、無事に修理できれば修理に出す手間も省けることで助かるからです。


夫は自転車の修理をしてあげたのに何も言わない下の子に困惑していたと思います。
けど、夫も下の子の特性をなんとなく理解しているので不機嫌になることはなかったけど、いい気分ではなかったんじゃないかな。


かみ合わない相性はある

ここから持論でお話します。
人同士、かみ合わない相性ってあると思うのです。例えば、ある特定の人からのアドバイス=ほとんど裏目に出ると、「もう関わって来ないでー」って思ってしまいます。


人に親切にする、助けることは「米田家の呪い」じゃないけど大事なことです。
でも、親切って逆に裏目に出ると「余計なお世話」になることもあります。


私の経験で言うと、旧家族Aとの関係が「かみ合わない相性」なんです。
Aからすれば親切心での行為はほぼプラスに繋がることはなく、かえって面倒なことに繋がり頭痛の種でした。


今回のケースもきっとそれに似ていて、下の子の根底には夫が関わるとかえって面倒なことになるかもと不安だったのでしょう。


自分に置き換え相手がAのような人だったとすれば、「自転車を修理してくれた行為を不快に感じた」という下の子の気持ちはわかる気がしました。
でも、夫も悪くないと思います。


最後に

それにしても、最初下の子が夫にお礼を言おうとしない行為に文句を言わなくてよかったですよ(;´・ω・)
よく話すことで相手の心がわかり、少しでも理解することができたこと。これ、下の子が小学生までやってあげられなかったことだったから・・(どんだけ頭ごなしだったんだ)


私も年を重ね体型と共に丸くなった証拠?(笑)



かみ合わない考えの根底には相手の「正義」と自分の「正義」がぶつかっている。
こうゆうのって、境界線を越えやすい家族間や職場の人間関係で起きやすいような気がします。


多くの人は「自分の気持ちを分ってほしい」ものです。


違った価値観の人でもその人なりの正義があって、それを真っ向から否定するのは間違いだってことを「零-ZERO-」という曲から学びました。


親子、姉妹といえど人間関係です。かみ合わない相性になっても仕方ないと私は思います。
それでも、「違う価値観でも相手にとっての正義」であることは理解していこうと思います。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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